Radical Software: Art, Technology, and the Bay Area Underground
November 28, 2006–March 31, 2007
Ant Farm
Amy Balkin
Artists' Liberation Front
Berkeley Community Memory
Wallace Berman
Victor Burgin
William Burroughs
Copenhagen Free University
Dean and Dudley Evenson
The Diggers
Nancy Holt/Robert Smithson Ferdinand Kriwet
Timothy Leary
National Center for Experiments in Television
Josh On
Optic Nerve
Raindance
Dan Sandin
San Francisco Mime Troupe
John Stehura
Superflex
University of Openness
VideoFreex
Curated by Will Bradley.
http://www.wattis.org/exhibitions/2006/software/
Wattisは僕が現在通っているCCA内にあるギャラリー。
キュレーターのWillはこっちへ来てから最初に会った信用できるタイプのキュレーター。彼が受け持っている授業も実は相当面白いんだけど、それはまた別のブログで(現在鋭意作成中)。
この展覧会は70年代にサンフランシスコで同時多発的に起こっていた様々な文化運動のリサーチの結果、といった外観を持っている。量は多くはないが、一つ一つの資料がかなり面白い。ポスター、雑誌、映像、コンピューターシステム、ビラ、などなどで構成されているのだが、展示方法がよく考えられているので、まったく飽きない。内容的にも「相互扶助」、「DIY」、「オープンソース」、「オルタナティヴ・メディア」など反システム的・反資本主義的・反管理社会的ないくつかの概念が発生した瞬間の爆発力を感じることができつつも、その背景となった事情もしっかり押さえることができる。
ここでは、このような「歴史的」展示が面白く提示されうる、という点にとにかくこだわりたい。僕らは日本で「前衛運動の記録」的な展示を既に見てきているわけだけど、それをみた若者の「胸が躍る」ようなことはあまりないように感じる。なぜ、そうならないのかと言うと、それは単に「過去」が「過去化」されているからで、そこにアクチュアリティが生じない構造になっているからだ。僕はここで歴史化する作業を否定しようというわけではない。そう言った作業は必要。ただ、整理された歴史としての展示では「運動」の運動性は消去されてしまう。逆の例を出せば、僕が大阪で観た榎忠の展覧会はグルーヴ感があった。あれは、単に歴史的資料とか、作品の再評価とかを越えて、いまだに続いている衝動のようなものが会場の底に(あるいは天井に)脈打っていて、それが見る人に確実に伝わっている雰囲気があった。
例えば、ここでWillのことを書いてみる。彼はいま「自分はなにもしない授業」というのを試みていて、生徒からものすごい批判を買ったりしている(一部ではかなり支持を集めている)。サイクリング好きでどこに行くにも自転車。「水城さー、メキシコ行こうよ、いい展覧会やってるし、おもろいアーティストもいるぜ」と僕を簡単にメキシコに誘う(行くんだけど)。嫁さんはなぜかノルウェーにいる。いつも生徒のスタジオをまわって、頼んでもいないのに勝手に相談に乗っている。「今からとにかく一晩中スタートレックを見るっていうイベントに行くんだ」とか言ってる。Superflexから本を出したりもしている(http://www.superflex.net)。とにかく毎晩飲みに誘う。
つまり、彼の中では70年代サンフランシスコのムーブメントがいまだに、アクチュアルであり、継続的な問題として生きている、という点を僕は言いたかったわけで。例えば、どんなに「若い頃ヤンチャだった」とか、「俺も昔はヘルメットかぶってさー」などと言っても、実際今やってないし、って人が前衛運動について語ったり、書いたり、展示をしたりしてもさっぱり伝わらない。あたりまえだけど。しかも、今回の場合その差は「展示方法」として如実に表れるということがわかった。同じ資料・作品を使っても、グルーヴ感を出せる人と出せない人がいる。これはたぶん歴史家と活動家の差異に対応していて、活動家的なキュレーターがいてもいいのではないかと僕は思ったわけで。(繰り返すけど、歴史化する作業は常に必要。僕はもう一つの可能な「展示」の話をしたい。)
Willの発言で、最も興味深かったのは、この展覧会の為にこれからすることがまだあるという話。彼は
1. カタログを作成する。
2. ウェブ上にアーカイヴを構築する。
3. いまだに活動を続けているアクティヴィスト・グループやアーティスト・コミュニティ、あるいはRadical Softwareの精神を受け継いだ若いグループのために助成金を申請して、ささやかな援助をする。1および2はその際に彼ら/彼女らの歴史的重要性を訴えるのに用いることができる。
と言っていて、そう考えるとこの展覧会ですら実は3の目的に奉仕するためのものだったんじゃないかと思えてきたり(笑)。展覧会が展覧会だけで完結しているわけではなく継続的なプロジェクトの通過点になっている、という方法論は参考になった。