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2007年2月

2007年2月28日 (水)

World Factory/ 2 Resistance and Dreams @SFAI

Feb 28 - March 27, 07

Cao Fei
Chen Chieh-jen
flyingCity (Yong-Seok Jeon and Jang-Jong Kwan)
Jean-Baptiste Ganne
Andreja Kulunčić
Lu Chunsheng
Tadej Pogačar
Julien Prévieux

Curated by Hou Hanru

http://www.sfai.edu/page.aspx?page=252&navID=587§ionID=4

SFAIはSan Francisco Art Instituteの略。
135年の歴史があります。
ここが芸大で、僕が行ってるCCAは多摩美という印象。

さて、ハンルーです。
テーマはグローバライゼーションと自由市場経済体制、と大上段。
そこから派生する個々の問題に取り組んでいるアーティストをセレクトしているのですが、正直な話、まともにものを考えている人は誰でもこのテーマに当てはまるような仕事をしているわけで(ハードコア・モダニストは除く)、そう考えると、テーマについて語ることの意義はほとんどありません。
では、展覧会の方法論はどうなっているのか。
プレスを見てみると、
the gallery installation, workshops, film screenings, seminars, off-site and site-specific projects, and web-based worksをバシバシやっていくとあります。
別に珍しい方法だとは思いませんが、実は、ちゃんとやろうと思うとほんとにしんどいはずです。
さらに全体が三部構成のシリーズ物になっています。
第一部がActive Witness(見逃しました。。。)
第二部が今回のResistance and Dreamsで、
第三部がMaking Our Place 。

以上の点を踏まえると、
これは、ストイックなテーマとコンセプチュアルな展示、ではなく、
広範囲かつ多層的に問題を提起する良質なイベントシリーズ、と考えるべきです。

アーティストのセレクションは中国/フランスという彼のホームだったところから多く選ばれているようです。
ちなみに今回はChen Chieh-jenが主役、のような位置付けでした。

ともあれハンルーとは今度会うので、
そのときにいろいろと突っ込んだことを聞こうと思っています。

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2007年2月27日 (火)

Radical Software @CCA Wattis Institute for Contemporary Art

Radical Software: Art, Technology, and the Bay Area Underground
November 28, 2006–March 31, 2007

Ant Farm
Amy Balkin
Artists' Liberation Front
Berkeley Community Memory
Wallace Berman
Victor Burgin
William Burroughs
Copenhagen Free University
Dean and Dudley Evenson
The Diggers
Nancy Holt/Robert Smithson Ferdinand Kriwet
Timothy Leary
National Center for Experiments in Television
Josh On
Optic Nerve
Raindance
Dan Sandin
San Francisco Mime Troupe
John Stehura
Superflex
University of Openness
VideoFreex

Curated by Will Bradley.

http://www.wattis.org/exhibitions/2006/software/


Wattisは僕が現在通っているCCA内にあるギャラリー。
キュレーターのWillはこっちへ来てから最初に会った信用できるタイプのキュレーター。彼が受け持っている授業も実は相当面白いんだけど、それはまた別のブログで(現在鋭意作成中)。

この展覧会は70年代にサンフランシスコで同時多発的に起こっていた様々な文化運動のリサーチの結果、といった外観を持っている。量は多くはないが、一つ一つの資料がかなり面白い。ポスター、雑誌、映像、コンピューターシステム、ビラ、などなどで構成されているのだが、展示方法がよく考えられているので、まったく飽きない。内容的にも「相互扶助」、「DIY」、「オープンソース」、「オルタナティヴ・メディア」など反システム的・反資本主義的・反管理社会的ないくつかの概念が発生した瞬間の爆発力を感じることができつつも、その背景となった事情もしっかり押さえることができる。

ここでは、このような「歴史的」展示が面白く提示されうる、という点にとにかくこだわりたい。僕らは日本で「前衛運動の記録」的な展示を既に見てきているわけだけど、それをみた若者の「胸が躍る」ようなことはあまりないように感じる。なぜ、そうならないのかと言うと、それは単に「過去」が「過去化」されているからで、そこにアクチュアリティが生じない構造になっているからだ。僕はここで歴史化する作業を否定しようというわけではない。そう言った作業は必要。ただ、整理された歴史としての展示では「運動」の運動性は消去されてしまう。逆の例を出せば、僕が大阪で観た榎忠の展覧会はグルーヴ感があった。あれは、単に歴史的資料とか、作品の再評価とかを越えて、いまだに続いている衝動のようなものが会場の底に(あるいは天井に)脈打っていて、それが見る人に確実に伝わっている雰囲気があった。

例えば、ここでWillのことを書いてみる。彼はいま「自分はなにもしない授業」というのを試みていて、生徒からものすごい批判を買ったりしている(一部ではかなり支持を集めている)。サイクリング好きでどこに行くにも自転車。「水城さー、メキシコ行こうよ、いい展覧会やってるし、おもろいアーティストもいるぜ」と僕を簡単にメキシコに誘う(行くんだけど)。嫁さんはなぜかノルウェーにいる。いつも生徒のスタジオをまわって、頼んでもいないのに勝手に相談に乗っている。「今からとにかく一晩中スタートレックを見るっていうイベントに行くんだ」とか言ってる。Superflexから本を出したりもしている(http://www.superflex.net)。とにかく毎晩飲みに誘う。

つまり、彼の中では70年代サンフランシスコのムーブメントがいまだに、アクチュアルであり、継続的な問題として生きている、という点を僕は言いたかったわけで。例えば、どんなに「若い頃ヤンチャだった」とか、「俺も昔はヘルメットかぶってさー」などと言っても、実際今やってないし、って人が前衛運動について語ったり、書いたり、展示をしたりしてもさっぱり伝わらない。あたりまえだけど。しかも、今回の場合その差は「展示方法」として如実に表れるということがわかった。同じ資料・作品を使っても、グルーヴ感を出せる人と出せない人がいる。これはたぶん歴史家と活動家の差異に対応していて、活動家的なキュレーターがいてもいいのではないかと僕は思ったわけで。(繰り返すけど、歴史化する作業は常に必要。僕はもう一つの可能な「展示」の話をしたい。)

Willの発言で、最も興味深かったのは、この展覧会の為にこれからすることがまだあるという話。彼は
1. カタログを作成する。
2. ウェブ上にアーカイヴを構築する。
3. いまだに活動を続けているアクティヴィスト・グループやアーティスト・コミュニティ、あるいはRadical Softwareの精神を受け継いだ若いグループのために助成金を申請して、ささやかな援助をする。1および2はその際に彼ら/彼女らの歴史的重要性を訴えるのに用いることができる。

と言っていて、そう考えるとこの展覧会ですら実は3の目的に奉仕するためのものだったんじゃないかと思えてきたり(笑)。展覧会が展覧会だけで完結しているわけではなく継続的なプロジェクトの通過点になっている、という方法論は参考になった。

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2007年2月26日 (月)

Yuval Pudik 'A Predeator's Mohawk' @Silverman Gallery

January 27 - March 1, 2007

http://www.silverman-gallery.com/


Silverman Galleryはサンフランシスコ南の港湾地区、現在は再開発の真っ只中にあって、様々な物議をかもしている地域にある(かつては造船業で栄え、古くからの黒人コミュニティが残っている地域だが、市の方針によりIT関連の企業のオフィス街にするとか)。だが、再開発もそこまで及んでなくて、ただの倉庫街といった趣の場所にある。ちなみに地下。設立は去年の10月、ということで極めて新しい。Jessica Silvermanという女の子が一人でやっているのだが、実は彼女とはついこの間、California College of the Artsのキュレーター・コースの授業で会った。直後にメールで連絡が来て、とりあえずコーヒーでも飲もう、ってことで飲んだり話したりで意気投合。一緒に展覧会をしようということになっている。

NYやLAを主な拠点としていて、ここではいわば部外者、であると同時にここに来てからはサンフランシスコがもっている特殊な文化状況もよく理解していて、それを乗り越える/あるいはそれに挑戦するという姿勢でギャラリーを運営していきたいと言う。より詳しく言うと、サンフランシスコにはサブ・カルチャーと結びついた社会運動、政治運動の強い伝統がある。ビートやヒッピーカルチャーからスケーター、ハッカー、ヒップホップ、サイクリング、エコロジー、ゲイ&レズビアン等々、それぞれの文化がファッションではなく「正当」かつ「正統」に社会-政治的な活動をしている、という状況。これは日本ではちょっと考えられない。それを踏まえた上で、なおファインアートの力を示すとはどういうことか。

彼女にとって、一つの糸口はフルクサスにあるようで、それは彼女の両親がフルクサスのコレクターであることとたぶん関係している。ちなみに僕は彼女が持っていたナム・ジュン・パイクのドローイングを見せてもらったのだが、そこには「俺の夢の島」構想みたいのが書かれていて素晴らしく面白かった。この展覧会のYuval Pudikの作品にもフルクサス的な「比喩」と「風刺」を見て取ることができる。また、いわゆる「アーティスト」ではない人を取り上げていく、という方針もあるようだ。例えば、次の展覧会のBen Shafferはいろんなことをやっている雑食的で「不純」なアーティスト。宗教に興味があって、カルトの調査をしているらしい。とはいえ、彼の作品には一定の形式と美的テイストがある。http://foreverever.com/
そして彼女自身にもかなりはっきりとした美的判断基準があってそれが作家のセレクションに表れている。言い換えると作品の「見た目」を重視する態度も彼女は普通に持っている。
このバランス感覚は実はかなり微妙で、微妙だからこそ、どこか信用できる部分でもある。

で、結局いろいろ話して決定したのは、ここで一緒に展覧会をする、ということ。
渡米後最初のプロジェクトということで、正味な話、むっちゃ楽しみ。

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2007年2月22日 (木)

TIME LINES @MINA DRESDEN

February9 - February 23
Curated by Chris Fitzpatrick and Sham Saenz

Tony Benna
Val Britton
John Dwyer
Miriam Dym
Chris Fitzpatrick
Leslie Kulesh
Katie Lewis
Sham Saenz
Derek Snodgrass
Eric Taggart
Kathy Zaugg

http://www.minadresden.com/


MINA DRESDENは3年前にできたギャラリー。
この展覧会は、このギャラリーがあるmissionエリア近辺の
アーティストたちによるグループ展。
missionエリアはアーティストやミュージシャンなどが
多く住んでいる素敵なエリア、らしいが、
まだ僕はあまり実態をつかんでいない。

この展覧会、普通に良かったんですよ。
とりわけKatie Lewisのこの作品、
http://www.minadresden.com/TimeLine.html
とか、
Chris Fitzpatrickのキーンって言う音と旗の作品とか。
ここに全景があります。
http://www.chrisfitzpatrick.net/pages/timelines.html

mission地区、あなどりがたし、というのが全体の感想です。

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MY LOVE IS A 187 @the luggage store

February9 - Marchi 17

Mark Bradford
Titus Kaphar
Shinique Smith
Mickalene Thomas

http://www.luggagestoregallery.org/


the luggage storeは目抜き通りである
マーケット・ストリートに面した建物の2階部分にある。
知人曰く、
「インディペンデントなことをやりながら、
一番成功しているように見える商業ギャラリー」とのこと。
ちなみに僕はここのオーナーである、
ローリーさんとダリルさんの家に滞在している。

確かに展示は売るためというよりも、
作品を見せるために配置されている。
それぞれの作品は、プレス・リリースによると
「グローバルな消費主義」、「歴史における黒人の視覚表象」
「アメリカのポップ・カルチャー」を表わしており、
まあ確かにその通りではある。
が、それ以上でもない。

日本の美大教育が、あるいは日本という環境が、
アーティストに社会性や政治性を感じにくくさせている、
という感慨を僕は持っているが、
社会や歴史との対峙が当たり前にあるこの国では、
それが作品の主題となるのはおそらく自然なことである、とは思うが、
この安易さはなんなんだろう?

例えば、18-19世紀の黒人奴隷を描いた絵画を模写し、
その顔の部分をくりぬいた絵画作品
(しかも絵画としての質はものすごく低い)
を前にして、何とコメントすればいいのだろう?
「歴史に対する鋭い認識が働いていますね」とか、
「一方的に表象されてきた黒人のプレゼンスを
再表象することで抵抗の政治性を浮き彫りにしていますね」
とかなのだろうか。

日本の若いアーティストの「ナイーブ」さと、
アメリカの若いアーティストの「べた」さは、
共に回避すべき、としか言いようがない。

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2007年2月20日 (火)

The Good, the Bad, and the Ugly @New Langton Arts

January18 - February 24

Robert Bordo
Charline von Heyl
Rebecca Morris
Avery Preesman
Annabeth Rosen
Amy Sillman
John Zurier.

http://www.newlangtonarts.org/


New Langton Artsは1975年、
(僕が生まれた年!)に開館。
とにかくものすごい数の展覧会、コンサート、
映画上映会、シンポジウム、ダンス、
パフォーマンス、演劇、などなどなどを展開しまくっている。
過去のカタログを見ると歴史的に重要な展覧会が数多くある。

この展覧会は、
若い平面作家、
それも抽象的な絵画を制作している者に
焦点を当てている。
プレス・リリースを読むと、
「モダニストの理想が引き続き魅力的であり、
卓越しているのかを証明する」
とあるが、作品の平面からはそこまでの誠実さよりも、
テクスチュアの実験をとりあえずやってみました、
程度のものしか見当たらず、
絵画として成立しているか疑わしいものもあった。
とはいえ、最低条件としてこれくらいの作品が普通に展示されている環境
というのがサンフランシスコにはあるということで、
第一歩としてはまずまず。

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