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2007年3月

2007年3月31日 (土)

exhibition×9 in Austin

オースティンにてアートシーンを駆け足でチェックしました。


The Blanton Museum
http://www.blantonmuseum.org/
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企画展:The Geometry of Hope
常設展:America/Americas

この美術館はテキサス大学オースティン校に付属しているもの。建築は酷い。外から見ても、中から見てもきつい。展示もしづらそう。でも、内容は良かったんだよね。
企画展は、南米の抽象芸術を総ざらい。雑誌などの資料もあり、ウルグアイ、ブラジル、アルゼンチン、ペルーなどで抽象芸術がどのように生まれ、発展していったのかが良くわかる。素晴らしい展示だったと思います。個人的にはGyula Kosiceの若かりし頃の作品「Mobile Articulated Sculpture」がベスト。他、Gegoの作品をまとめてみることができたし、Mira Schendelも良かった。

常設展は、テーマはともかく良い作品を数点は持っていることが判明。しかし、展示の仕方が良くないのか、空間が良くないのか、たぶん両方だと思うんだけど作品があまり輝いて見えてこないという現象がありました。特にキーファーの大作の扱いは酷いと思う。あれだけ別の部屋に一点だけ置いてもいいくらいなのにだだっ広い部屋に他の作品と一緒に置いてしまっていてもったいなかったです。


Austin Museum of Art(AMOA)
http://www.amoa.org/
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企画展(巡回):America Starts Here - Kate Ericson and Mel Ziegler
企画展(巡回):The Paper Sculpture Show

Kate Ericson and Mel Zieglerは、総合力が異常に高いアーティストだということがわかりました。一般的に空間や建築を問題にしてきたアーティストと考えられがちですが、決してそうではなく、いくつかの要素を複合的に組み合わせることのできるユニットだったという印象です。とりわけ「言葉」と「物」の関係にこだわった本源的な意味でのコンセプチュアル・アートとランド・アート、および住民・行政・企業などとのコラボレーションを作品に含み込むプロジェクト型アート、という3つの類型がほぼ完璧な理解の上で複合的に採用されています。

The Paper Sculpture Showは小さな企画ですが、面白かったです。複数のアーティストが一枚の紙に組み立て模型を示し、観客がそれをその場で作成できるという寸法です。会場には糊やはさみが置いてありました。ここに詳しいです。
http://www.cabinetmagazine.org/events/papersculpture.php

Sarah Szeのやつとか、かなり細かくて、子供は作れなさそうだったけど。

Art House
http://www.arthousetexas.org/
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Animations - Nathalie Djurberg, Brent Green and David Shrigley&Chris Shepherd

その名の通り、アニメーションの展示です。アートにおけるアニメーションってやっぱりきつい。日本もの、ディズニーもの、東欧もの、いずれにせよ、そういう本来のアニメーションの方が数倍面白いと、普通の人は思うはずですし、僕もそう思います。もちろん、上に挙げた彼らはそれを認めた上で、あえてローテクな方法を取っていることはわかりますが。

Texas Biennial 2007
http://www.texasbiennial.com/

地元の若手作家を集めて、アートを盛り上げようという企画。4会場にて同時開催です。
すいませんがこれはノーコメントでお願いします。


FlatBed
http://www.flatbedpress.com/
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ここは場所としては面白い。基本的に印刷工場なのですが、このなかに複数のギャラリーがあり、さらに版画や写真教室などのカルチャースクール的機能があるという感じです。いくつか展覧会を見ましたが語るべきは2つ。一つはテキサス大学オースティン校のアート&デザイン学部生の卒展。卒展を観に行くのは嫌いじゃないです。学生の雰囲気や、その学校の特色がわかったり、若い荒削りな作品から「きみ、一体どうしたいん?」という疑問が涌いてきて楽しいと思いませんか?しかし今回の場合は、「こうやったら現代美術になる」というフォーミュラのようなものに、ただ従っているだけの作品が多く、ちょっとがっかりしました。いや、かなりがっかりしました。それよりもRussell Leeのドキュメンタリー・フォトの展示をやっていて、そっちの方に心を動かされました。これが二つ目。彼の写真は単純なドキュメンタリーの持つ力を見事に発揮しています。30-40年代のアメリカ物がベスト。日本語で検索しても全然出てこないんだけど、こういう風に消費されていることはわかった。
http://www.allposters.co.jp/-st/Russell-Lee-Posters_c40027_.htm

彼は本当は画家になりたくて、でもなぜか写真家になっちゃったという経歴があって、その辺の絵描き魂が実は良い作品には滲み出ています。

Art Palace
http://artpalacegallery.com/

Smile Forever - Michael Sieben
地元で話題の場所ということで連れて行ってもらいました。普通の民家をギャラリーとして開放しています。展示に関してはノーコメントの方向で。

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2007年3月24日 (土)

Gallery Urbane/Ayn Foundation/Chinati Foundation(後編)

Marfaでの日々は、暑くてゆるいです。

Gallery Urbaneでの展示はノーコメント(知りたい方はここ。http://www.galleriurbane.com/)。

Ayn Foundationにはアンディ・ウォーホルの「最後の晩餐」がありました。最終的な迷彩色の完成作よりも、それに至る過程の方が面白かったです。部分を拡大してドローイングしたりしています。バルセロナで見た、ピカソによるベラスケス「ラス・メニーナス」再解釈・再制作を彷彿とさせました。この場合、ピカソの方が断然優れているとは思いますが。

Chinati Foundationはついに本館へ突入。ジャッドのメタル立方体のバリエーションがどーんと広い館内に並んでいます。写真を無茶苦茶撮りまくったのですが、コピーライトに抵触するのでここで見せられないのが残念です。誰か「遠藤水城、アメリカ報告トーク」みたいな企画をお願いします。たぶんテトラでやるような気もしますが。

他にも、カール・アンドレの詩作集の展示、カバコフの廃墟化した学校、チェンバレンの大作がバンバン置いてあるホールなど、これでもかというスケールで迫ってきます。ほんと、みなさん見に来た方がいいですよ。僕が知っているかぎり、ACCのグラントで既に平野千枝子さんと山口洋三さんがここを訪れています。僕も恥ずかしながら末席に加わったというところでしょうか。

ちなみに平野さんによる
「ドナルド・ジャッドの作品について—チナティ・ファンデーションを背景として」、『東京都現代美術館紀要』第5号、22-29頁、2000
および
「試論:ジャッドの家具制作について」、『東京都現代美術館紀要』第6号、29-35頁、2001
は控えめながら優れた問題提起をしていると僕は思います。

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2007年3月23日 (金)

Deep Comedy @Ballroom Marfa

March 23 - July 30, 2007

Artists;
Fischli and Weiss (Switzerland)
Isa Genzken (Germany)
Jef Geys (Belgium)
Rodney Graham (Canada)
Christian Jankowski (Germany)
Japanther (USA)
Julia Scher (USA)
Roman Signer (Switzerland)
Michael Smith (USA)
William Wegman (USA)
John Wesley (USA)
Joshua White (USA)
Elin Wikstrom (Sweden)

Curated by Dan Graham and Sylvia Chivaratanond

http://www.ballroommarfa.org/


Ballroom Marfaはアート・センターのようなところです。音楽のイベントに良質なものが多いと思います(なんと明日はサム・プレコップのライブ。しかも無料!)。

もちろんChinati Foundationは行きたくてたまらなかった場所ではあるんだけど、このイベントがあるからわざわざMarfaにまで来ようと思ったわけです。Dan Grahamのキュレーションってどういうことやねん、と期待に胸を膨らませてBallroomに来たわけですが、正直に言うとがっかりしました。キュレーションに対する意識が凡庸だったからです。Deep Comedyというテーマで集められた作品は、そのままずばり、コメディのような、皮肉や諧謔、ユーモアに富んだ作品というだけでした。アイロニーとユーモアの明確な差異化(柄谷行人/宮代・北田対談を参照しています)というものはもちろんなく、森美術館の「笑い」展がこぢんまりして、もう少しDan Grahamの個人的な笑いの嗜好が加味されたという感じです。人に聞いたところ、あまりコマーシャルではなく、美術館などからも取り上げられないDanの個人的な知り合いのアーティストたちを集めた、ということです。内輪かよ!と思わず突っ込みたくなりました。個々の作品に関しても「これはどうか」と思うものがあり、またElin Wikstromのパフォーマンスも正直に言えば、かなり酷い代物だったように思うのですが、個々の作品よりも僕はDan Grahamのキュレーションに期待していたわけで、その点で非常に物足りなかったです。またBallroom自体も、あまりグルーブを感じられる場所ではなく、NY的なアートワールドをそのまま田舎に持ち込んでしまったという感があります。このオープニングパーティーを通して、Marfaという町の構造も見えたように思います。簡単に言うと、豊富な資金力をバックにした美術業界人がMarfaを国際的なアートの巡礼地にしたいと考えており、地元の富裕層はそれを支持しており、地元の普通の人たちは我関せず、場合によっては相当迷惑している、という構図です。

アート・システムやそれを支える社会的・経済的構造に無自覚なときに、キュレーションというのは無力で凡庸で、ときに醜悪なものになりうる、と僕は考えます。

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2007年3月22日 (木)

Chinati Foundation(前編)/Exhibitions 2D

テキサスはMarfa。人口2000人強のこの町はドナルド・ジャッドが晩年を過ごした場所として知られています。ここでジャッドは、「最高の状態」で作品を展示することを考えました。それは世界中、どこの美術館にいっても見ることのできるジャッドの作品が、彼にとっては実質サイトスペシフィックであるべきだったということを示しています。

Chinati Foundationはその彼の「最高傑作」を保存すると同時に、他にも多くの作家に作品制作を依頼し、この地に収めています。企画展も行なわれています。
http://www.chinati.org/

今日は、メインではなくその周りから見ることにしました。Robert Irwinの黒と白の布を用いたインスタレーション、ダン・フレイヴィンの最後の作品と説明された作品群はともに素晴らしかったです。ミニマルとオップをどこで線引きをするのか、越えてはならない一線を彼らはどのように見極めたのか、などと考えながら作品をまじまじと見ていました。John Wesleyは特に感じるものはなかったです。

その後、帰り際にExhibitions 2Dというギャラリーを訪れました。
http://www.exhibitions2d.com/
こちらはミニマルな小品のコレクション展示で、特にどうということもありませんでした。
裏にジェフ・クーンズの「パピー」があったのが少しほろ苦かったです。

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2007年3月21日 (水)

SFMOMA

やっときましたSFMOMA。
http://www.sfmoma.org/

これからテキサスに行くのですが、
帰ってきたら「ピカソとアメリカンアート」展が終わっていることが判明したので、駆け込みです。
サンフランシスコに1ヶ月ちょっといて、初めて来ましたよ(最初に行け、という気もします)。


Picaso and American Art
この展覧会はピカソはもちろんですが戦前・戦中・戦後のアメリカのアーティストたちがピカソから受けた影響というものを検証しています。Stuart Davis, Willem de Kooning, Arshile Gorky, John Graham, Jasper Johns, Roy Lichtenstein, Jackson Pollock, David Smith, and Max Weberといった画家たちが、ピカソを模写し、スタイルを模倣し、それを発展させようとしていた痕跡は相当面白いです。カタログ買ったので、見たい方は8月以降にテトラまでどうぞ。


Brice Marden: A Retrospective of Paintings and Drawings
この画家についての知識はほとんどなかったのですが、確か林道郎さんがテクストを書いていた記憶があります。(調べてみたらありました。http://www.arttrace.org/books/details/live_twice/marden.html)
「抽象」と一括りにされがちですが、その平面をしっかりと見つめ、手触り/眼触りのなかから作品の個別性へと至るという姿勢は初歩的なマナーであると僕は考えます。鑑賞者としても、キュレーターとしても。僕は福岡にベースを置いているのですが、福岡でそれに値するのは元村正信さんしかいないと考えていて、こういった作品に日常的に触れられる環境というものが羨ましいかぎりです。


2006 SECA Art Award
受賞展です。
アーティストは
Sarah Cain
Kota Ezawa
Amy Franceschini
Mitzi Pederson
Leslie Shows

Ezawa Kotaさんの作品を初めて見ました。なるほど、評価されるに値する質を備えています。題材の選択も素晴らしい。こういった作り込み方を一つのスタンダードと考える立場に僕は片方の足を置いていますが、もう片方は全然違う土地、ほとんどアートの外側に置いているのでアンビヴァレンツな気分にはなりました。ともあれ、Ezawa氏には近日中に会う予定です。

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2007年3月17日 (土)

solo exhibition by ERLEA MANEROS @Queen's Nails Annex

solo exhibition by ERLEA MANEROS

Mar 16- ?
Curated by Julien Myers

http://www.queensnailsannex.com/

CCAの先生でもあるJulien Myersがキュレーターとなった展覧会。非常に小さなスペースで開催されていて、お客さんもCCA関係者以外あまりいませんでした。Julienはアート・ヒストリー専攻の批評家ということもあって、理論的なことがみえないと理解できない展覧会です。美術史に対する反省的/自己言及的な視点と同時に、現在の「アメリカ」と「美術」の関係をずらしていくような作業になっています。地味だけど良質。以下の英文をご参照あれ。

For her show at QNA, Maneros will install a constellation of borrowed images exploring of the unexpected and odd collusions among museum architecture, art, romance, nationalism, and power. The exhibition will also investigate the case of Charles Willson Peale ・painter of the American Revolution, amateur naturalist, and curator of the nation's first museum, which was established in 1792. Peale is also famous for excavating the colossal bones of a mastodon from a bog in New York. The poster for the exhibition reproduces (in Maneros's altered form) Peale's painting of this glorious scene: The Exhumation of the Mastodon (1806-1808). His exhibition of this ungainly fossil would become his museum's most spectacular draw, an attraction so popular that the United States considered appointing the wooly beast as its national animal rather than the bald eagle.


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2007年3月16日 (金)

The Black Factory @YBCA

The Black Factoryを中心にYBCA(SFMOMAの斜め向かいにあるアートセンターです)で行なわれていた展覧会を紹介します。

http://www.ybca.org/


William Pope.L: The Black Factory and Other Good Works

やっとまともな展覧会にあたったという気分です。「まともな」展覧会っていうのは、アートのみならず、社会や政治に対して明確な意図と方法論でアプローチしているもの。美術館のコレクションと良質のギャラリーで「いい作品」を見ることはもちろん重要ですが、同時に、よく組織され、意図のある展覧会を見たいというのがキュレーターとして思うところ。

The Black Factoryは、やり方は単純。しかしとにかく楽しさとグルーブが伝わってくるプロジェクト。
今回やっていたのは、この二つ。

141 Demands for a Better World
Participants are encouraged to step up to the microphone and state their demands to create a better world. 141 Demands will travel off-site and broadcast with Neighborhood Public Radio, every Saturday through the end of June.

Black Elvis with Black Object Collection
Participants will be asked to donate objects to The Black Factory that represent “blackness” to them. Black Elvis will make a special weekly appearance.

Black Elvisって黒人女性とエルビス・プレスリーとの間の隠し子ということらしい。
オープニングではオークションをして、売上金を福祉団体に寄付したりしていました。
会場は天井が高く、がらんとしたスペースで、そこは「黒人性」を表象している物に埋め尽くされていました。巨大ながらくた置き場という感じです。落書きコーナーも子供が遊べるコーナーもあり。これまでのドキュメントを流すスクリーンもあり。テーマ設定ややり方がいかに直球でも、それがプロジェクトとして機能していくうちに、幅と深みを持ちはじめているという印象です。正直、素晴らしいと思いました。

このプロジェクトのホームページもかなりいいと思います。
http://www.theblackfactory.com/


もう一つやっていたのは、
R. Crumb's Undergroundといって、ダークな漫画家ロバート・クラムの回顧展。原画の展示が中心ですが、彼の好きな音楽を紹介するコーナーや伝記映画の上映、作品の即売などもあり、多角的に彼の世界観を認識できると同時に、マニアにはたまらない内容になっています。

さらにもう一つやっていたのは、
Cultivating Creativity: In Residence at Kalaといって、Kala Art Instituteによるレジデンスの成果展のようなもの。日本人の名前もちらほらあったので、結構オープンなのでしょうか?アーティストの方は各自アプライを検討すべし。
http://www.kala.org/mission.html

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2007年3月10日 (土)

An unsung rhythm in a colonnade of stars @Silverman Gallery

March 10 - April 7, 2007
artist : Job Piston

http://www.silverman-gallery.com/index3.html


以前にもお伝えしたジェシカのギャラリーでの小さな展示。
半分はこの写真展で、もう半分は写真を中心としたコレクション展。
コレクションの方にティルマンスの写真とかエリザベス・ペイトンの絵があって、
そっちに若干びびった。ペイトンの絵って、実物を見るとやっぱすごいね。

本展の方は、細かい作品評論をしたいのだけれど、
多くの例を挙げながら説明できないので、今回はパスの方向で。
良質な展示だというのが全体の感想です。

ちなみにジェシカとの共同プロジェクトは5月にスタート予定。
待て次号。

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2007年3月 9日 (金)

There’s Gonna Be Sorrow @Galeria de la Raza

There’s Gonna Be Sorrow - A Solo Exhibition by Julio Morales

MARCH 9 - APRIL 28, 2007

http://www.galeriadelaraza.org/


フリオ・モラレスの個展。フリオはこの会場で知り合ったんだけど、かなりいい奴。ルーイーやガリーなど僕のフィリピンの友人たちのことを良く知っている。共通の友人ってやつね。それから今年AITのレジデンシャル・アーティストになっていて、僕もAITの講師の一人ということで、思いっきり親近感が涌いている。
http://www.a-i-t.net/

テーマはデビッド・ボウイとジョージ・オーウェルから来ている、って言われてもなんのことやら。こういうアーティストの個人的かつ内面的な「秘密のテーマ」は、それがアーティストにとって必然的で伝えたいことでも、客観的に考えて絶対伝わらないんだから、ギャラリー側はよく考えて紹介テクストを作成した方がいいと思うんだが。

作品は大掛かりなインスタレーションとビデオ作品から構成されている。インスタレーションはギャラリー内に造られた大きな坂の斜面が壊れたガラス瓶で埋められているというもの。坂の両側にある壁には鏡が貼られ、坂の下には「There's Gonna Be Sorrow」とあしらわれたピンクのネオン管が置いてある。全体としてみると、かなりキラキラしている。つまり反射や反映など視覚的効果が大きい。僕自身は別にそれが作品の評価に関わるとは思わないけど、一般的には受けがいいだろうし、ちゃんと作っていることも事実。僕はむしろビデオ作品の素朴さの方を評価したい。非常に単純な方法で遅延され、ノイズを挿入された映像が示しているのは太ったおばさんが歌うメキシコの古い歌。微妙な違和感とノスタルジックな思いが同時に喚起される。マテリアルのミキシング、視覚および聴覚効果を配慮したミキシング、テーマのミキシング、など広い意味でmixing/remixingという実践をアートで行なうことによって、紋切り型ではないやり方で「グローバライゼーション下におけるアート」をよく示している、と評価されているのだろうと理解した。しかし、サンフランシスコでのフリオの評価はむしろ作品よりも多くの「活動」の方にあるんじゃないか?彼の他の活動に関しては、おってこのブログで明らかになると思う。

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2007年3月 5日 (月)

2exhibitions @La Celda Contemporanea

以下は二つの展覧会紹介。
会場はここです。
http://www.ucsj.edu.mx/culturales/celda.htm

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the back room

artists:
Richard Aldrich, John M. Armleder, Walead Beshty, Pierre Bismuth, Anne Collier, The Center for Land Use Interpretation, Dennis Crompton (Archigram), Jeremy Deller, Kota Ezawa, Claire Fontaine, Ryan Gander, Mario Garica Torres, Amy Granat, Sam Green, David Hatcher, Paul Ramírez Jonas, William Jones, Stephen Kaltenbach, Thomas Lawson, Jesse Lerner, Lim Tzay Chuen, Nate Lowman, Lu Jie, Marko Lulic, Raimundas Malasauskas, Erlea Maneros, John Menick, Naeem Mohaiemen, Julian Myers, Michelle O'Marah, Henrik Plenge Jakobsen, Raqs Media Collective, Sean Snyder, Tercerunquinto, Jeffery Vallance, Miguel Ventura.

http://www.the-backroom.org/archives/2007/02/mexico_city.html#43

the backroomは僕がほんとーにお世話になっているKate Fowleが関わっているプロジェクト。アーティストの個人的な「リソース」を集めるアーカイブ・プロジェクトです。個人的なリソースが単なる資料ではなく、アーティストによって再編集・再創造されているところがミソ。これ、日本でACCのジョージやAITのロジャーなどから面白いよーと聞かされていたので期待していたのだけれど、ほんとに面白かった。。。低予算かつ、意義があって、コマーシャルなものと一線を画して、キュレーターとしての役割をきちんと示している。インディペンデントなキュレーターが行なうべきものの一つの好例だと思いました。いや、身内びいきじゃなくて、ほんとに。結局はアーティストのセレクションがキモ、ではある。


Retrospectiva de Juan José Gurrola

Juan Jose Gurrolaという人の回顧展です。あらかじめ現地の若い人から聞いた情報によると「メキシコのデュシャン」とのことで、期待していました。どうやら60年代から映画、演劇、建築、音楽、アートなど多方面に活躍した人のようです(最近は俳優として活動している模様)。その場にいた僕の友人Ariane Beynが言うに、フルクサスとの関連がみられるんじゃないかと。確かにその通り。あんま知られてない人だと思いますが、要チェック。というか、スペイン語が良くわからなかったので僕自身、よく理解できていません。誰か詳しい人がいたら教えてほしいものです。


二つとも、良質のアーカイブだったな、と思います。

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2007年3月 3日 (土)

OTRA DE VAQUEROS @Alte Alameda

Mar 3 - ?

Sean Snyder
Jeremy Deller
Karl Holmqvist
Bernadette Corporation
Minerva Cuevas
Reena Spaulings
Bruno Serralongue
Claire Fontaine
Jennifer Allora & Guillermo Calzadilla
Jay Chung & Q Takeki Maeda
Mario Garcia-Torres
Artemio

http://www.artealameda.inba.gob.mx/otra_vaqueros.htm
http://www.perrosnegros.info/


まず僕は今メキシコに来ている。従って以下はこのブログの主旨—アメリカにおいて展覧会を見て文章を書き、それを記録する—からは一旦離れることを了承頂きたい。

今回メキシコに来た大きな目的はKate Fowleによるthe backroomの展示を見るためだが、他にもいくつかの展覧会を見ることになった。これもその一つ。最初にいくつか押さえておいた方がいいポイント。メキシコはインフレ気味とはいえ、基本的に経済はかなりの成長率を示しており、それにともない現代美術の受容も高まっているという現状があること。それは携帯電話会社のイメージ戦略や、メキシコシティの再開発構想などと連動していること。この現状において、フランスやアメリカの文化団体、基金、財団などが「戦略的」にこの地に現代美術を持ち込み、文化的(もちろん経済的にも)プレゼンスを示威しておきたいという思惑があること。

さて、
ここでは一つの作品にこだわりたい。
それは出品されていたClaire Fontaineの作品「Naked Life」だ。
Claire Fontaineは一つのプロジェクト名である。
(http://clairefontaine.ws/を参照せよ。)

この作品「Naked Life」は黒字の壁に、普通に白いゴシック体でNaked Lifeと書かれているだけ、という内容だ。
現代美術を知っているものにとって、それは「どうってことない」のだが、現代美術の手法の盗用がこのプロジェクトのコンセプトである以上、「どうってことない」を引き受けていると捉えれば、それ以上にもそれ以下でもならない。まあ、そういうものでしょ、っていう。

しかし、それがメキシコではどうか?あるいは現代美術におけるdevelopping countryにおいてはどうか?そこでは、「これが欧米の現代美術のベーシックな表現手法ですよ」ということになる。つまり、「現代美術」を相手どったアプロプリエイションという方法がここでは伝わらない。

さらにそこには、意図的にメッセージが盛り込まれている(Naked Life/Bare Life=剥き出しの生はベンヤミン−フーコー−アガンベンを受けた一つの用語であり、今年のドクメンタのテーマでもある)。ここにおけるメッセージは、ハンス・ハーケのような徹底的な直接性よりも、「ちょっとした工夫による価値の転換」という間接的効果の方が優位になる。Claire Fontaineに多く見られる、ネオン管で政治的警句を表明する作品群をみてみると、「政治的であること」と「現代美術的であること」の関係性について考えさせられる。端的に言ってしまえば、「ネオン管による文字造形」は、よくできたアイロニーないしメタファーを通して、現実の政治には絶対にタッチしないことを、最上級で表明する。センスよく。美的に。

ハル・フォスターがrecodingsのなかで示したsubversive signsという概念が、完全に意味をなさなくなる地点がここにはある。それが明らかにsigns(看板)のようであり、確かなメッセージを持っているのだが、記号(sign)がコンテクストによっては決定的に伝わらないということをも、素晴らしく示している(もちろん皮肉だ)。


何が言いたかったのかというと、
わざわざメキシコに来て、なんでこんなものを見なきゃならんのか、メキシコ人の誰がこんなものを見たいのか、と僕が単純に思ったのと同時に、メキシコにおける「現代美術」とはなんなのか、という根本的な疑問を抜きに無邪気に自分の方法論を別のコンテクストに持ち込める傲慢さというものが、僕にはどうしても許せなかったということなんだけど。

しかし、こういった作品を許容できるくらいにメキシコシティが既に欧米化していることもおそらくは事実なのだろう。でも僕はWillと訪れたTepitoからアートとは何かを考えるという選択をする。(これに関しては別のブログを参照。)あるいはNaked Lifeはキッチュに美学化されるものではなく、闘争の最小単位として「使用」されるべきだと考える。

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2007年3月 1日 (木)

Fast Forward Rewind @Gray Area Gallery

http://grayareagallery.com/

大学時代僕にフランス語/映画の見方/文章の書き方を教えてくれた恩師・梅本洋一先生は、こんなことを言っていたように記憶しています。「蓮實重彦は貴族趣味、と言われたりするのを良く耳にするが、実際にはそうではなく、蓮實さんはちゃんと娯楽映画やB級映画、クソ映画を見ていて、その上で<戦略的>に映画史のコアに置くべき作品を選択している。」ちょっと記憶違いかもしれませんが、大体こんな感じだったと思います。さて、何が言いたいかというと、この展覧会は酷い展覧会だったということです。アーティスト名も、ましてやキュレーター名などもわざわざ書く気にはなれません。しかし、こういった酷い展覧会でもじっくり見るとなにか発見があるかもしれず、ということはもちろんなく、むしろ「何も得るものがなかった」という経験をどれくらい積んでいるかということの方が重要なのかもしれないと思ったりします。映画を大量に観ていない人がゴダールやストローブ-ユイレが良いというのと、しっかりシネフィルしている人が同じことを言うのとではその意味内容が違ってきます。後者は映画を「映画」として評価しており、前者は映画をアートのように、あるいはおもしろい実験映像として眺めています。アートにおいても、それを「アート」と観ることができるかはやはり「量」に頼る部分があり、量の足りない人は無理矢理自分の経験で判断したり、哲学や批評的レトリックで説明することで「アート」そのものからは後退します。webをチェックして、嫌な予感がしていたにもかかわらず、この展覧会へ赴いた理由は、量をこなして自らの眼を鍛えるためなのだ、と説明することで自分を慰めるより他なかったりします。とほほです。

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