museum×2
美術館と博物館ってどうやって分けんのかな、ってDe Youngみて思ったんだけど、昨日は二つのmuseumに行きました。対比的で良かったです。
一つは、Asian Art Museum。
もう一つはMuseum of African Diaspora。
アジ美サンフランシスコ支店(嘘です)は、とにかく、コレクションで押していきます。確かにいいモノがあります。また、展示の仕方も素晴らしい。モノの美しさ、形の面白さ、を最大限に引き出すことに成功しています。
しかし、テーマ設定、収集の方針、などが絶対的に問題を孕んでいます。例えば、仏教中心主義的な構成の偏りがあります。また、中央集権政府の存在した、つまり比較的に富の蓄積が生じやすく、豪華なモノが生産された一部の地域のみが「アジア」を代表してしまっている。これは勝者の歴史の論理をアジアにも持ち込んでしまう、という意味で、「アジア美術館」という概念において、決定的に正しくないと僕は思います。例えば、フィリピンは、占領以前に中央集権的な政府は存在せず、独自の「高度で豪華」な文化もなく、スペイン、アメリカ、および日本に占領されました。そして、フィリピンからのコレクションは僕が見た限りはありませんでした。つまり、タイの仏教美術や、インドネシアの人形劇などは「文化」であり、フィリピンには「文化がない」、ということになります。この勝者の歴史観、蓄積の歴史観、純粋な文化という幻想、などなどを完全に捨て去るところからしか「アジア美術館」というものは構想されえない、と僕は考えます。福岡アジ美がんばれ!
アフリカン・ディアスポラ博物館は、うってかわって、コレクションが全くないです。映像とかパネルとか音響とかでアフリカ文化の過去から現在までを展示。ちょっと啓蒙的すぎるかな。メディア・アート的な工夫を用いてさまざまなアフリカ文化と、ディアスポラの歴史、現在のアフリカン・カルチャーの多様性と相互浸透などを展示するという方法論は、正しいと思いますが、いかんせん、力がない。メディア・ミックスとアフリカ系文化のハイブリディティを融合させて展示するというのは、突き詰めると面白そうですが、ここではちょっと甘いかな、と僕は思いました。体のいい多文化主義的情操(表層)教育の域を出ない。
ということでジェイムズ・クリフォード的な問題意識を思い出しつつ、なサンフランシスコ終盤戦でした。
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